石の文化と木の文化

よく欧米フリークの日本人などが、「ヨーロッパなどは石の文化で古いものが残っているけど、日本は木の文化だからねえ」的な発言を言うのを聞くことは珍しくない。(基本的に私は自分の文化の真髄を知らずに自虐的・表層的にこういうことを言うのはキライ。ナショナリストじゃないですけど)

f0050637_15241629.jpgで、伊勢神宮「1000年以上前の木造建築が新築のまま残っている」のを知っていますか?ちょっと矛盾する表現であることがお分かりかと思いますが・・・・。どういうことかというと、伊勢神宮は20年(30年?)に1度、全ての社殿を取り壊し、全く同じものを作り直すんだそうです。そのために信州の山から多くの神木を切り出すとか。この20年というサイクルの中で、いわゆる宮大工や各種の工芸技術が人的に世代間で時代を超えて受け継がれていくシステムになっているわけです。そして世代が変わってもあくまでも全く同じ建造物を「作り直す」という行為によって1000年以上前の建築物が創建当時と同じクオリティで、彩色も褪せることなく、この伝統的作業が中断しない限りは未来永劫にわたって存在し続けるわけです。これは伊勢神宮の社殿のみならず、中に保存されている全てのモノ(道具や装束など)が新しく作り直されるという気が遠くなるような作業と労力です。西洋の石造りの建築は、いわゆる人間対自然を念頭にした建造物で、最初につくったものが、その後の風雪や天災など厳しい環境の中でいかに「長持ち」し、少しでも劣化や崩壊を留められるかという観点。いかにも自然と対峙する思想を根本に持つキリスト教的な思想ともいえ、古来の土俗信仰や自然と共生する宗教観を持つ日本人との発想の違いを見る気がしました。どちらがいい、悪いということでは勿論なくて、それぞれが思うことが「自分達の建物を後世に長く伝えたい」ということであることには変わりないんですけどね。普段の生活にせよ、仕事にせよ発想の転換だけでこうも手法が変わるもんなんだなあ、とこのことを知って考えること多かったです。ハイ。
一昨日、國學院などに行ったもので、今日はこんな話を。伊勢神宮、行ったことはないのですがなんだか行ってみたくなりました。
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by bunaziua | 2006-03-23 23:35 | 独り言  

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