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(ある意味)お試しあれ。

f0050637_15534224.jpg昨日のこと。バタバタと忙しく昼食を食べるキッカケと時間を逃し、夕食さえも食べる時間もなく、部屋に戻ったのが深夜の零時半。朝も軽くとっただけだったので、ほぼ1日絶食状態。「これは、何か食べなきゃ空腹で眠れん」とルームサービスに電話すると、な、なんと零時でオーダーストップ。がーーーん!すると、親切にも歩いて数分のところに「デニーズ」があると言う。

デニーズも日本ほどメニューの数は多くなくて、あんまり食べたいというものもなかったけれど、無理矢理「自家製ビーフフライ Withカッテージチーズとフレンチフライ」なるものを注文。ウェイトレスの女の子も笑顔が素敵で、なんとなく気分も明るくなる。だが、出てきた料理、見た目はアメリカンサイズでとにかくデカく、牛のエサのよう。それはいいとして、とにかく悲しくなるくらいマズかった!「美味しくない」のではなくて「マズい」ものって最近あまりないような・・・・ファミレスだけに期待はしていない。でも、こんなマズいものは最近の記憶ではハタと思いつかない。何かの間違いかと思ったくらい。当然残し、付け合せの油たっぷりのフライドポテトで空腹をごまかした。

それにしても、朝から15時間以上何も食べていない空腹状態だというのに「マズい」と感じる料理ってスゴくないか!? ←空腹なら木の根っこでも美味しいと信じている私。

すごく美味しいものを食べようとは思っていなかったものの、1日何も食べないで仕事をし、最後にこんなマズいものを食べる(残したけど)と、心なしかなんかナゲヤリな、不幸な気持ちになるものだ。(とにかく早くベッドに入って「今日のことは忘れよう」的に眠りにつきたくなる)

でも、意地悪とかそういうんじゃなくて、あのマズさ、誰かに是非食べさせてあげたい。人間が潜在的に持つ「怖いもの見たさ」の欲求を、必ずや満たしてくれる料理がココにあった。
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by bunaziua | 2006-03-31 07:36 | 旅人(海外)  

言葉の変化-米国編

f0050637_15561188.jpgいい悪いは別としても、言葉って生きてるんだあと思うシーンが時としてあります。時代ごとに言葉がかわるからこそ、同じ日本語でも古文があるし、イギリス人だってシェークスピアの原文は余程古典の教養がないと読めません。古文までいかなくても、戦中戦後のカタカナを交えた言い回しなんかは気持ち的に縁遠いし、「美しい日本語」と認識していても太宰などの小説に出てくるような山の手言葉のようなものは、今実際に使ったら「大丈夫??」と心配されてしまうこと間違いなし・・・・。まあ親の世代とも厳密には言葉が違います。

ここアメリカでも日本同様のそういうシーンがありました。「Google」知ってますよね?UCLAの学生が立ち上げ今や米国を代表し世界を席巻する検索エンジンに成長して、私達の生活には欠かせない。そのGoogleが今やアメリカ人の間では動詞として使われているのを目撃(聴撃?)。隣で話していたアメリカ人の会話を「へー」と思って聞いてました。

■使い方例:
 仮にA君にとても気になる女性歌手がいるとします。そんなとき、友人Bが言います。
 「Did you google her ?」
 
つまり、直訳としては「彼女のことグーグルした?」、意味としては「彼女のこと(ネットで)調べた?」というようなニュアンスになります。

こういう本来の名詞を動詞として使うのは日本でも言葉遊び的に、使ったりします。
「ちょっとスタバしない?」とか「楽天する」などなど。実際に聞いたことがなかったとしても、ちゃんと通じて、かつ、こういう言い方は短い動詞の中の目的語を含んでいるので、実はすごくわかりやすく、機能面では優れているかも、、、、と思ったりします。みなその造語的動詞の1語に「~で・・・・する」という意味を含んでるわけです。まあ、言葉の乱れというか、進化というか、そして使う使わないはその人自身の判断ですが・・・・
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by bunaziua | 2006-03-30 06:50 | 旅人(海外)  

LAの割烹

夕べ立場が本来逆ですが、お客さんからここでご馳走になりました。

割烹つくばJapanese Cuisine - Dining, Tatami Room-
2210 W.Artesia Blvd, Torrance, CA.
Tel 310-538-4828

なんでもJALさんからのお勧めだそうです。今や世界各国で、しかもカリフォルニアなど西海岸では日本料理は珍しいものではないものの、蕎麦屋のような、居酒屋間のようなそんな雰囲気のつくり。全ての料理は日本と全く同じで、店員も来ているほとんどが日本人であることから、まるで日本にいるような感じ。この界隈は日系企業が多いエリアなんで、長く駐在していたりする日本人家族や出張族なんかの溜まり場になっているんでしょう。日本人ならなるほど、落ち着ける空間。海外では日本料理っていうと日本人がイメージする「フランス料理」のように、傾向として高級なケースが多いけれど、こういう現地の日本人が集まる店というのは総じて家庭の味で間違いはないですね。私はあまり海外では和食にこだわるほどではないんですが・・・。(でも一番好きなのはやっぱり和食ですけどね)

LAで、ちょっと日本の味が恋しくなったら、ここはいいかもしれません。場所はターレンスなのでLAのダウンタウンより南の方、ロングビーチの方に近いかな。アクセスは車Onlyです。
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by bunaziua | 2006-03-30 02:00 | 旅人(海外)  

Los Angeles, CA

f0050637_15505216.jpg西海岸のいいところは、日本から来ると時差の関係で時間が戻ってしまうこと。1日が30時間ということになるのかな。成田を夕方出たのに到着は午前中に逆戻り、みたいな。なぜかこの季節にカリフォルニアに来る機会が多く、そして案の定こちらはピーカン。気温は25℃を越え、湿度はないので気持ちよい暑さで、みなTシャツに短パン姿。直行便がとれなくて、韓国経由だったので、ちょい疲れました。韓国の人って、心なしかちょっと声が大きくて、なんか機内が賑やか・・・。。みんながみんなってわけじゃないと思いますが。

空港からホテルに向かう前に、まずは空港内でメールだけチェック。ホテルで接続できなかったら面倒なので、まずこれはお約束。しかも、このPC、きっと誰か日本人が勝手に日本語インストールしちゃったんだろうね。(エライっ!) すごい使える。もう恍惚~。

今回はほとんど遊ぶヒマがありません(←当然です)。でも本当はLA周辺は遊びの宝庫です。車は必須ですね。車に乗らないのにLA行っても、きっと面白くもなんともないと思いますよ、ダウンタウンだけで。LAってNYに次ぐアメリカ第2の都会なわけですが、実は都市としてはたいしたことありません。LAの人口は400万くらかな、横浜よりちょい多いくらい。でも実は「LAの面積は「関東地方と一緒」なんです。つまり、関東地方(1都6県)の人口は約3800万人に対しLAは400万にしか人が住んでいないということ。埼玉県の半分程度ですな。(田舎じゃーん)。考えようによっては、LAの中に日光、尾瀬、伊香保、秩父、九十九里、鎌倉、房総、箱根があるわけですな、面積的観点では。へーー。ってもしかしてトリビア?
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by bunaziua | 2006-03-29 08:39 | 旅人(海外)  

桜咲く

f0050637_282248.jpg”願はくば 花のもとにて 春死なむ その如月の 望月のころ”

If I should die, I shall leave you here,
beneath a cherry tree in the middle of March,
on a full-moon night.

既に三分咲きの家の前の桜並木のトンネル桜並木を歩きつつ、この有名な西行法師の詩の訳を考えていました。おそらく、この国に桜がなかったら生命の息吹溢れるこの季節は、欧米でいえばちょうど今ごろのEASTERのように春の訪れを純粋に祝う「楽しい時間、嬉しい季節」というものになっていたでしょう。よく言われることですが、桜の儚さと散り際に見せる美しさに、おそらく古来より日本人は浮かれがちなこの季節の中に一抹の淋しさのようなものを感じ取り、独特の春の日本的情感を育んできたのだと思います。桜は・・・・多分、この日本の適度に湿度を持ったこの春の陽気と、そして我々日本人あってこそ感じる情緒なのかもしれません。

東京市が贈呈した有名なワシントンの桜、あれは確かに見事ですけど、むこうで見ると日本人としては遠く日本に想いを馳せることはあっても、不思議と日本で感じる独特の情感みたいなものがないことに驚いたことがあります。考えるに、原因はきっと、、、気候的なものは勿論、何か目につく星条旗もそうかとは思うものの、何よりも桜を見る(愛でる)日本人特有の「眼」が、そこを歩くアメリカ人達にはなかったことのように思います。変な意味じゃなくて、彼らにはチューリップ畑を歩くのも、桜並木を歩くのもある種同じ感覚というか。

桜はいいですね。
そして、その後のこの瑞々しい新緑。数日後には満開になるというのに、今日渡米。今年の大きな失点か・・・・。
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by bunaziua | 2006-03-28 10:48 | 時事ネタ  

さよなら、クレオ!?

f0050637_1056311.jpg大袈裟なタイトル・・・。敏感な方々より「・・・ということは、2人揃って留守になるってことは、クレオはどうなるの?」と、「日本野鳥の会」でも数えられない程の多くの問い合わせがありました。というころで、夕べ遅く、品川に住む妹&義弟(結婚していないけど、義弟呼ばわり)のところに預けに行きました。義弟ヒロアキは、大の犬好き。老犬介護のために会社を休んだという・・・・<汗。 妹のところでも「コテツ」というハムスターを飼っており、夏に預かったこともあり、今度はこちらが妹を頼る。私は1週間くらいで帰ってくるので僅かな間とはいえ、ヒロアキは既に期間中1日の休みをとっているという。(ヤル気マンマン)おいおい、30も過ぎて、そんなんでいいの?と思いつつ、「いーんです」って感じもするけど、まあ日頃一生懸命頑張ってるんだろうから・・・・・。
幼犬だけに環境の変化にちょっとクレオも驚くかもしれないけれど、結構環境対応の許容量はかなりあると見えて、人見知りしないし、怯えることもなく、知らない家でも元気に遊ぶ。まあ、大丈夫かと。そういうわけで、クレオ、初の一人でお泊り。実際妹宅でも臆することなく、100年前から住んでいたかのように元気に駆け回り、じゃれていました。写真は我が家に残るクレオに食いちぎられたおもちゃのテニスボールの残骸。何やら・・・寂しさがこみあげてくる図。。。
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by bunaziua | 2006-03-27 22:11 | 家族/クレオ  

オレンジ色の憎いヤツ

f0050637_1754426.jpg今日から奥様がアメリカへ約2週間の出張。ちょうど、私も明後日からアメリカだけど残念ながら全くのエリア違い。惜しいニアミス、といっても、あちらは上司と一緒らしいけれど。なにはともあれ、、午後の「信頼出来かねる翼JAL」で彼女は旅立った。お約束で成田まで車で送ったのだけど、行きは一旦彼女の会社に立寄った後、その後首都高-東関道で一路成田へ。スキスキで、途中の淡い咲き始めの桜を眺めながらの快適なドライブ。往路は当然一人なわけだが、なんだか都内に入って大渋滞。レインボーブリッジに差しかかったあたりで、ずっと芝浦から渋谷・新宿の分岐までの大渋滞。途中で運転手とはいえ止まったままなので携帯でメールが出来てしまうほど。
写真は途中で割り込んできたリムジンバス。ところで知ってます?成田とか羽田への道中はこのオレンジ色のエアポート・リムジンを目印にして同じ車線を走ると、割とスムーズだといことを。空港の足だけに遅延がクレーム、命取り・・・・JRや京成電車などとの競合もあって、かなり精度の高いGPSで常時渋滞をセンターで把握し無線で車線指定をドライバーにしているらしく、トラックやら運送業界でも「高速道路ではリムジンを探せ!」が合言葉らしい・・・・。コレ、ほんとです。
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by bunaziua | 2006-03-27 00:56 | 独り言  

多忙な土曜日

f0050637_0423136.jpg今日はなにやら久々に仕事を離れてのハードスケジュールだった。<回顧。(言う程ハードではないけれど)でも、最近仕事ばっかりなので、こんな休日は久々。

09:00 管理人さんが、去年の秋に差し入れた果物のお礼にと庭の切花を持ってきてくれる。どうもどうも。クレオ、いつもより遅い朝食。

09:20 郵便局より書留やら、配達証明郵便とかもろもろ。玄関からクレオが外で逃走。だが、臆病者なので10m以遠には行かないヤツ。

09:30 2人で家中の緑を回収しベランダで葉水散布&光合成促進作業。農夫と農婆の図。

10:00 クレオを連れて近くの動物病院へ。ちょっとお尻のとこの毛がハゲてるのでその薬をもらいに。クレオ、待合室でウンコ<号泣。体重がまた増えて2700g。¥740。絶好の散歩日和。家の前の桜並木もかなりいい感じになってきた。

11:00 冬の間眠っていた奥様のマウンテンバイクの調整?に、近所の自転車屋へ。その後クリーニング屋。いつもながら山のよう。

13:00  遅くなったが洗濯開始。奥様はクレオのモノ担当。私、人間のモノ担当。って人間のは洗濯機をまわすだけ・・・・

13:30  昼食。オリーブオイルとガーリックソースのペスカトーレ。美味。作、当然私。

14:00  奥様選曲のアラブとラテンMIXみたいなヘンな曲を聞きながら(聞かされながら)新聞&メールなど。

14:20頃 目を離した隙に何やらかぐわしい、ある意味嗅ぎなれた臭いが。テレビの前でクレオのブツが発見される。クレオ、怒られる。←その場で叱りましょう。

15:00  奥様はフリーセルをしつつI-Podのダウンロードにご熱中。私はしばしパソコンを前に仕事。(新しいPCほしいよー)

16:30  私は知人のガイジン氏を誘って赤坂の事務所へ。

17:00  赤坂着。現地で○会一家と合流。ここに運び込まれていたT氏引越し前の不要家具をそれぞれの地へ運搬。(いい奥さんにA人くん・1歳半もかわしいし・・)急な階段のある2階ゆえ、皆でそこそこ肉体労働。

20:30  再び赤坂に戻り、レンタカーをTBS前のトヨタレンタカーに返す。その後2人でメシ。韓国がゆ専門店にて。海鮮粥を。なんか粥って病院食ってイメージあってあんまり好きじゃないんだけど、ガイジン氏は粥好き。週末の赤坂は結構静か。

21:30  帰宅。奥様とクレオで一家団欒というか。

22:00  ぼちぼち出張準備など。

23:00  寝室の模様替えを2人していきなりはじめる。枕元にローサイズの本棚を入れる。画集等々ちょっとインテリアチックな書籍を並べ、2人して悦に入る。もともとアジアンテイストにするつもりでいながら、何も手をつけず今に至っている・・・・。片鱗はバリで購入した布やら木製のハンガー、バティックでできた像の置物が2つのみ。

24:30  風呂を入れ始めるも、奥様は再びパソコンに向かい何やらアルバム整理。私も再びPCの向かい、ブログ書いて、仕事に突入・・・・

明日は朝から奥様が休日出勤なので、都心まで車で送ってあげるべく、早起き。
こんな感じの我が家の土曜日。写真は友人のKサンより贈られてきた「今日の新宿御苑」。
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by bunaziua | 2006-03-26 00:43 | 家族/クレオ  

自分の顔

このトシになると、時々風呂上りなんかに洗面所の明るいところで自分の顔を見て驚くことってありますよね?男って、普段あんまりマジマジと自分の顔なんか眺めることないから、結構それが大きなオドロキだったりします。
「なんだよー、汚れかと思ったらコレってシミ?」 「なんか肌がやっぱり若い時とは違うなあ」と気付いたり。

「明治以前って貧しい農村の住む農民なんかは自分の顔を知っていたんだろうか・・・」

「いや、アフリカあたりでは今でも知らない人いるかも」

f0050637_17304677.jpgまあ、弥生時代あたりから青銅器を磨いた鏡があったりはしたものの、いわゆる農民とか庶民って一握りの裕福な特権階級でもない限り鏡なんてなかったと思うんです。自分の顔を知らずに死んでいった人って世界的・歴史的にすごく多いんじゃないか、とそんなことを思ったわけです。例えば今と違ってガラスもない、ピカピカに光る金属質のものだってない。水溜りや井戸に映る自分の顔くらいしかしらなかったんじゃないですかね。
今は明るいところで自分の小さなシワまで確認できる。幸せなのか、ある意味不幸なのか・・・・。まあ、だからどうしたって感じの話題ですけどね。

でも、最近の高校生(男)が電車の中で鏡みて髪を直していたり、脂取り紙で顔を吹いているのって、なんだかねー、オジサン的(いいんです、オジサンで)にドつきたくなります。オレなんて眉毛だって、生まれたままのボーボーだぜ、ボーボー・・・みたいな。(←?)

サクラ、咲いてきましたねー。我が家の前のサクラ並木はもう枝がかなり赤いです。
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by bunaziua | 2006-03-25 00:21 | 独り言  

石の文化と木の文化

よく欧米フリークの日本人などが、「ヨーロッパなどは石の文化で古いものが残っているけど、日本は木の文化だからねえ」的な発言を言うのを聞くことは珍しくない。(基本的に私は自分の文化の真髄を知らずに自虐的・表層的にこういうことを言うのはキライ。ナショナリストじゃないですけど)

f0050637_15241629.jpgで、伊勢神宮「1000年以上前の木造建築が新築のまま残っている」のを知っていますか?ちょっと矛盾する表現であることがお分かりかと思いますが・・・・。どういうことかというと、伊勢神宮は20年(30年?)に1度、全ての社殿を取り壊し、全く同じものを作り直すんだそうです。そのために信州の山から多くの神木を切り出すとか。この20年というサイクルの中で、いわゆる宮大工や各種の工芸技術が人的に世代間で時代を超えて受け継がれていくシステムになっているわけです。そして世代が変わってもあくまでも全く同じ建造物を「作り直す」という行為によって1000年以上前の建築物が創建当時と同じクオリティで、彩色も褪せることなく、この伝統的作業が中断しない限りは未来永劫にわたって存在し続けるわけです。これは伊勢神宮の社殿のみならず、中に保存されている全てのモノ(道具や装束など)が新しく作り直されるという気が遠くなるような作業と労力です。西洋の石造りの建築は、いわゆる人間対自然を念頭にした建造物で、最初につくったものが、その後の風雪や天災など厳しい環境の中でいかに「長持ち」し、少しでも劣化や崩壊を留められるかという観点。いかにも自然と対峙する思想を根本に持つキリスト教的な思想ともいえ、古来の土俗信仰や自然と共生する宗教観を持つ日本人との発想の違いを見る気がしました。どちらがいい、悪いということでは勿論なくて、それぞれが思うことが「自分達の建物を後世に長く伝えたい」ということであることには変わりないんですけどね。普段の生活にせよ、仕事にせよ発想の転換だけでこうも手法が変わるもんなんだなあ、とこのことを知って考えること多かったです。ハイ。
一昨日、國學院などに行ったもので、今日はこんな話を。伊勢神宮、行ったことはないのですがなんだか行ってみたくなりました。
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by bunaziua | 2006-03-23 23:35 | 独り言